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東京高等裁判所 昭和39年(く)173号 判決 1965年4月08日

請求人 小高喜久夫

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の理由は、弁護人五木田隆が差し出した再審請求棄却決定に対する抗告の申立と題する書面及び弁護人正木{日大}が差し出した抗告状と題する書面にそれぞれ記載してあるとおりであるから、いずれもこれを引用し、当裁判所は、これに対して次のように判断をする。

一、請求人に対する強盗殺人、窃盗被告事件については、第一審において、鑑定人宮内義之介が作成した鑑定書の証拠調が行われ、更に第六回公判期日の公判廷において、同人が鑑定証人として尋問されており、又控訴審においては、鑑定人古畑種基が作成した鑑定書及び鑑定補充書並びに鑑定人上野佐が作成した鑑定書の各証拠調が行われ、更に第九回公判期日の公判廷において、宮内義之介が、第一三回及び第一四回公判期日の各公判廷において古畑種基が、又第二〇回及び第二一回公判期日の各公判廷において、上野佐がそれぞれいずれも鑑定証人として尋問されているが、右各証拠は、原決定が指摘しているように、いずれも、押収してある竹割、頭蓋骨、鏝、レンガ、鑑定人宮内義之介が作成した鑑定書中の被害者が受けた創傷及び骨折の部位、形状及び程度等に関する記載並びに鑑識課長が提出した写真の原板等を基礎資料とし、被害者が受けた創傷及び骨折の部位、形状及び程度等から、使用された可能性がある兇器を推定するという、比較医学的見地及び比較物理学的見地に立つた一般的な法医学的経験法則に従つて、その結論を引き出していることが明らかである。又右鑑定人、特に控訴審の各鑑定人については、請求人に対する強盗殺人被告事件に使用された兇器が竹割ではなく、鏝ではないかという点について、いずれも鑑定証人として詳細な尋問が行われており、しかも右各鑑定人が作成した各鑑定書及び同人等の各鑑定証人としての証言がその結論においてほぼ一致していることを考慮すれば、右各証拠の証明力はいずれも極めて高度のものといわざるをえない。

一方、札幌医科大学教授八十島信之助が作成した昭和三八年二月二日付、同年三月二六日付及び同年六月二六日付の各正木ひろし({日大})弁護人宛の書簡各一通並びに昭和三九年一月二八日付の「三里塚事件における兇器についての意見書」と題する書面一通は、原決定も指摘しているとおり、請求人に対する強盗殺人、窃盗被告事件の第一審訴訟記録の写四冊、控訴審訴訟記録の写三冊、正木弁護人が所蔵している多数の写真及び市販の和裁用の鏝等を基礎資料とし、前記各鑑定人と同様の一般的な法医学的経験法則に従つて、被害者が受けた創傷及び骨折の部位、形状及び程度等から使用された可能性がある兇器を推定したものであつて、その基礎資料及び適用された経験法則には異るところはないが、ただその結論を異にしているにすぎない。

しかし、鑑定人がした鑑定の結果及び当該鑑定人に対する鑑定証人としての尋問は、その性質上証人の証言とは違つて代替性があり、且つ請求人に対する強盗殺人、窃盗被告事件においては、前記のように、強盗殺人被告事件に使用された兇器が竹割ではなく、鏝ではないかという点について、再三にわたり、詳細に鑑定及び鑑定証人の尋問が行われ、この点に関し十分の究明がなされている場合であることを考慮すれば、右各鑑定と同一の基礎資料及び経験法則によつて引き出された前記八十島信之助作成の各書面が、たまたま前記各鑑定及び鑑定証人尋問の結果とその結論を異にするというだけの理由で、これを刑事訴訟法第四三五条第六号にいう証拠を「あらたに発見した」ものとすることは相当でない。

又鑑定人宮内義之介が作成した鑑定書によれば、(イ)創(左前頭部の創傷)は「創縁、創面、創角ともに鋭」、(ロ)創(右頬部の創傷)は「創縁、創角やや鋭、創面鈍」、肋骨の骨折は「右第四肋骨は胸骨端より約四糎並五・五糎、右第五肋骨は胸骨端より約五糎並約九糎の部に於て夫々骨折」とそれぞれ記載されているのに対し、八十島信之助が作成した「三里塚事件における兇器についての意見書」と題する書面によれば、左前頭部の創傷は「創縁、創角、創面いずれも鈍」、右頬部の創傷は「創縁、創角やや鈍、創面鈍」、肋骨の骨折は「右第四肋骨は胸骨端から約四糎、約五糎、約九糎の場所」とそれぞれ記載されている。

しかし、鑑定人宮内義之介が作成した鑑定書は、被害者を現実に解剖した際の所見を記載したものであることが明らかであり、しかも請求人に対する強盗殺人被告事件に使用された兇器が竹割であるか鏝であるかが問題にされる以前にされた解剖所見を記載したものであることを考慮すれば、被害者が受けた右各創傷及び骨折に関する右鑑定書の記載は、その信用性が極めて高度のものといわなければならない。八十島信之助が作成した「三里塚事件における兇器についての意見書」と題する書面は、格別納得できるような説明もしないまま、右各創傷及び骨折について、右鑑定書の記載と異なる所見を示し、これを前提として、請求人に対する強盗殺人被告事件に使用された兇器を推定しているが、被害者が受けた創傷の形状が右兇器を推定する極めて有力な資料であることを考慮すれば、その証拠価値は極めて低く、右書面をもつて刑事訴訟法第四三五条第六号にいう「明らかな証拠」に当るとすることもできない。

二、請求人に対する強盗殺人被告事件の現場及びその附近については、第一審において二回、控訴審において一回、検証が行われており、右各検証、特に第一審の第二回目の検証においては、被害者方、三里塚部落、根木名部落及び畑田部落の位置が明らかにされており、又被害者方から畑田部落を経由して根木名部落にある請求人方にいたる距離と、被害者方から三里塚部落を経由して請求人方にいたる距離の遠近もおのずから明らかにされている。従つて多少精粗の差はあるとしても、これと同一内容を持つにすぎない国土地理院発行の地図をもつて、刑事訴訟法第四三五条第六号にいう証拠を「あらたに発見した」ものとすることは相当でないし、又右地図の証明力は、前記場所の位置関係を明らかにするだけのものにすぎないから、これをもつて、同条号にいう「明らかな証拠」に当るとすることもできない。

三、弁護人等が主張する写真は、すでに請求人に対する強盗殺人窃盗被告事件の控訴審において、証拠として提出されていることが明らかである。従つてこれをもつて、刑事訴訟法第四三五条第六号にいう証拠を「あらたに発見した」ものとすることは相当でないし、又右写真の内容は、小倉武が当初捜査官に対して、同人が、請求人に対する強盗殺人被告事件の当夜である昭和二九年二月一七日、請求人と共に、午後九時五分発の成田バスに乗り、七栄廻りで帰宅したと述べた旨のメモが記載されているだけであつて、これだけで直ちに請求人のアリバイの事実を証明することができるものでないことはもち論、請求人が当初からアリバイの事実を主張していた事実を証明するものともいえないからこれをもつて同条号にいう「明らかな証拠」に当るとすることもできない。

四、請求人に対する強盗殺人被告事件当夜の天候については、請求人に対する強盗殺人、窃盗被告事件の第一審において、すでに弁護人から銚子測候所が作成した鑑定書が証拠として提出され、又検察官から銚子測候所長が作成した「気象資料回答について」と題する書面が証拠として提出されているが、右各書面には、右事件当夜の三里塚部落の天候が詳細に記載されている。従つて、右各書面に比してむしろ簡略と思われる、弁護人等提出した銚子地方気象台作成の証明書をもつて、刑事訴訟法第四三五条第六号にいう証拠を「あらたに発見」したものとすることは相当でないし、又右証明書は右事件当夜の三里塚部落の天候を証明するだけのものであつて、これによつて直ちに請求人のアリバイの事実を証明することができるわけのものではないから、これをもつて同条号にいう「明らかな証拠」に当るとすることもできない。

結局、請求人の本件再審請求は理由がないから、これを棄却した原決定はまことに相当であり、右決定に対する抗告も理由がないから、刑事訴訟法第四五〇号、第四二六条第一項により、これを棄却することとして、主文のように決定をする。

(裁判官 加納駿平 河本文夫 清水春三)

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